

「武士の一分」とは男の意地という意味だ。
江戸時代、武士は意地を張るよう法律が定められ、教育を受けていたという。
木村拓哉演じるは、早く隠居して子供相手の剣術道場を開くことを夢見る下級侍。
気のいい美男子で、幼なじみの美しい妻と、父の代から仕える下男と、つつましい生活を送っていた。
ある日、主君の食事の毒見で、貝のお造りに当たって、目が見えなくなってしまう。
盲目の武士など、あるいは捨扶持で飼い殺しにされるのではないかと覚悟していたところ、主君の温情でこれまでどおりの暮らしを送れることになる。
んが、妻に横恋慕する偉いさんが、妻を抱く代わりに地位を保証してもらったとの噂が立ち、下男に調べさせたところ、妻は真実であることを告白する。
江戸時代の不倫は密通と呼ばれ、有無をいわさず、両者とも死罪である。
浮気された夫が討ち果たさなければならないのだ。
卑劣な偉いさんと、妻をそこまでさせてしまった自分の情けなさに腹を立てるキムタク侍。
他人に体を開いたとはいえ、自分の身を案じてのこと。
惚れた女を切り捨てるなど、できるわけもない。
そして、武士の一分。
やっぱ、木村拓哉ってカッコ良かったんだなぁと思う作品。
気取っているわけじゃなく、どちらかと言えばドジで愚痴っぽいんだけど、骨太な、あの頃の本物の武士のカッコ良さ。
大切な日々の日常を背景に思いのあふれる画面。
これって、結構、大スクリーンで観たい映画かもしれない。
悩んだキムタク侍は、事を表出さず、黙って妻を離縁して返す。
その上で、見えぬ目で偉いさんへ果し合いを挑み、切られればそれまで、討ち果たすことができても、温情を示してくれた主君からお咎めを受けるようなら腹を切ろうと決意する。
理由を聞かず、盲人剣の稽古をつけた緒形拳師匠は、勝てないだろうと正直な感想を言うが、「死ぬ気でやればなんとかなるかもしれない」と、まぁ、それはそうだろうと思う助言を与える。
二人きりの死闘で、思わぬ苦戦を強いられた偉いさんは、不意をついて屋根の上から切り捨てようとするが、とっさの呼吸で腕を切られる。
腕の使えぬ武士など意味が無い。
それも、私闘の末である。
もちろん、密通の事実など明かすことはできない。
偉いさんは、決闘の理由も相手も、誰にも伝えないまま、腹を切って果てる。
彼なりの武士の一分である。
まさか、盲目の侍と決闘し切られたなど、誰一人想像すらできず、キムタク侍はお咎めなしに終わる。
だが、キムタク侍は、自分がバカで妻を疑わなかったら、こんな事にはならなかったと後悔するのだった。
評価:80%(木村拓哉ファンオススメ。スマスマ初期の探偵物語のパロディをかっこいいと思った人なら)
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